一番霊場 「出口池」の和歌

UPDATE : 2016.10.12

一番霊場 「出口池」の和歌

    天つちのひらけるときに うごきなき
               御山の水の 出口たふとし

意) 天と地が開かれた遠い昔から、湧く量が変化することもなく
   流れ出る富士山の湧き水。その水の出口と池は貴いものです。

解釈)
「天つち」とは天地と表し、天の国と地の国が存在した神代を表しま
す。「古事記」では、天と地が作られるまでは、暗黒でドロドロの状
態だったと表現します。やがて、天と地が別れて落ち着いた時を「ひ
らけるとき」となります。

「うごきなき」とは、そのような神代の昔から同じ場所で、量も変
化することもなく涌き続けていることを意味します。そんな出口池
の水は、なんと貴いものよと読み人は言いたかったのでしょう。
「御山」(みやま)とは信仰対象の富士山に他なりません。
「出口たふたし」の「出口」には水湧き出し口の“出口”と池名の
“出口”が懸けられていますし、「たふたし」は“とうとし”と読
み、“貴し”が当てられます。
 つづく                      (堀内)

忍野八海和歌

UPDATE : 2016.10.9

 忍野八海にはそれぞれの池に秀作に値する和歌が残されています。
主に江戸末期の作と思われます。詠んだ人はおそらく富士山信仰の
先達、あるいは導者、信者で和歌に通じた方々でしょう。

 和歌は言うまでもなく、五七五七七の語順数で成り立つ日本古来の
詩歌です。万葉集に代表されます。けれども、巡礼地としての忍野八
海を見るとき、詠われる和歌は「ご詠歌」(宗教上の教えを込めたそ
れ)としても捉えられます。

 作者は宗教的感嘆を込めてそれらの和歌を表したかもしれません。 
あるいは、感動与える池の美しさに惹かれての率直な気持ちだったか
もしれません。故に、直な気持ちで和歌そのものを解釈するのも一つ
の方法です。江戸末期という時代表現がありますが、万葉集ほど古代
の時代性は感じられませんので、近代に近い素直な解釈ができます。
これから、八海それぞれに残る代表する和歌を、敢えて深い背景解釈
(宗教的背景の)しないで読み解いてまいります。
                         (堀内)
つづく

馬頭観音9

UPDATE : 2016.10.4

 これまで、調査した投稿は忍野村忍草地区のみでした。実はかっての
主街道は現住宅集積地の南1kmのところにございます。ほぼ国道13
8号線と看做してもかまいません。これが駿河(静岡)、甲斐(山梨)
信州(長野)を結ぶ街道でした。往時は人、馬、馬車、牛車で賑わって
いたことでしょう。
 忍野村と山中湖村の境辺りに正一位山中稲荷神社がありますが、その
すぐ脇に馬頭観音像、碑が6基存在しております。国道沿いであります
ことから、人目に付き易くその良く保護されている状況が分かります。

 実に見事な6基の像と碑でございます。傍らには近頃献花されたと思
われる花立と線香入れが見られます。かって馬との関連あった方々が、
今でもこうして雑草に覆われることなく供養を維持している様子に心打
たれました。

本稿を編むに当たり、多くの方々から指導協力を頂きました。
方々、ここに心より謝意表します。
 おわり                        (堀内)

馬頭観音8

UPDATE : 2016.10.2

 そして、働き尽して生涯を終えた馬、また、病に倒れた馬には安眠の
地に葬られることになります。亡くなった馬は粗末にはされません。
忍草村では共同墓地が設けられておりました。馬専用の墓地です。その
場所は旧字(あざ)名の膳棚に今でも残っております。

 膳棚橋先を登った坂の中ほど左に広場があります。荒れ果ててはいま
すが、まさにかっての馬の永眠場です。葎(むぐら)に覆われてはいる
ものの、10基以上の碑が現存しております。
                         −合掌−

 つづく                        (堀内)

忍野八海TV出演情報

UPDATE : 2016.10.1

おはようございます!

観光案内所スタッフ
渡辺正隆です!

本日も忍野村は曇り空
お出かけの際は上着を一枚持ってきたほうがいいです

寒いっ!

さて
今日は忍野八海のTV出演のご案内です

10月29日土曜日
NHKのブラタモリさんで忍野八海を訪れていただいています

あいにく私はタモさんとお会いしていませんが
湧水と富士登山の意外な関係についてなど
とても興味をそそる内容になっているようです!

放送は10月29日19時30分からです!
みなさんぜひご覧ください!!