忍野村の池 【2】

UPDATE : 2017.6.24

水の湧き口は元湖の底からだけではありません。溶岩台地の下からも
湧いております。(内野地区の自然池はすべてです。)忍野八海の一つ
「出口池は」“梨ケ原溶岩台地”の先端下部から湧きだしている水を水
源としています。

忍野八海以外の池をあげてみますと、「浅池」、『浅池上池』、『ドジ
ョウ池』、『招魂社横池』、「双子池」、『湯ノ木池』「中池」、『榛
の木池?』、『鱒の家池?』などがありますが、残念ながら後葉の2者
はポンプでくみ上げた水ですので、“自然池”には含めません。なぜな
ら、本稿で扱うのは自然の湧水が作る池を対象としているからです。
(なお、『』内の池は正式な池名が無いので仮の名前です。)

また、八海中心地にある「中池」ですが、この地は元は畑でした。
現在はこの池は自然に湧いてはいますが今から40数年前に、人工的
に作られた池です。そのため、本稿では詳細を取り上げません。でも、
湧いている水の量は中途半端ではありません。恐らく、毎秒で1.3立
方メートルぐらいが湧いています。人工池とは言っても忍野村で一番
観光客が群れています。
 つづく                        (堀内)

忍野村の池 【1】

UPDATE : 2017.6.20

忍野村にある8つの池の忍野八海はあまりに有名です。では、“水の
郷”忍野村にはそれ以外の池はないのでしょうか。実はそれと同じほ
どの数の池が散在しております。人工池でなく水源が湧水口を持って
いるという条件を当てはめると、およそ8つの自然の池が加わります。

以前の稿で述べましたが、ここ忍野村はその昔湖であったのと、そこ
へ富士山からの溶岩が流れ込んで溶岩台地を作っているという地形的
特性があります。

内野地区はその台地の上の発展した土地と言えましょう。その溶岩台
地の下端からは枯れることのない、豊富な水量の湧水が常に流れ出て
おります。名前こそ付けられてはおりませんが、小さいながらも立派
な湧水池が存在します。忍草地区の一部は湖の底の水がなくなってで
きた平野です。これを湖底平野と言いますが、水の湧口=池は残って
しまいました。

幾つかある湧口のうち、ある宗教団体が8つの池を聖地と定めたのが
忍野八海の始まりです。(それ以前でも「元八湖」「元八海」とか呼
ばれてもいましたが。)
 つづく                        (堀内)

「忍野八海」はどうして八池でなく八海なのか 【その二】

UPDATE : 2017.6.8

“八池”を“八海”と名付けた理由は以下の通りです。

大我講は比叡山天台宗系の流れを踏む山岳信仰の一派です。天台宗の
根本経典の一つに法華経があります。その法華経の護法の神が8柱存
在します。それらの神々が別々に、忍野八海を護っていると言われて
おります。それゆえ、八海の竜王名が別々に命名されています。

その神々を八大竜王と称しますが、八大龍神と言えもします。龍神は
日本中の至る所で祀られてポピュラーな神ですが、水の神であると同
時に農業の神でもあります。古来、農耕民族としての私たちには“水”
と“その神”に対して特別の思いやりがありました。

忍野八海のそれぞれが、小さい池ながらも龍神が住むような価値ある
池ですので、海にも匹敵するということで「八海」の名前が付けら
れました。
 おわり                        (堀内)

「忍野八海」はどうして八池でなく八海なのか 【その一】

UPDATE : 2017.6.4

大昔から富士山信仰の信者にとって、忍野村にある池は禊(みそぎ)
の池として利用されてきました。江戸末期までは「元八湖」と言われ
ておりましたが、荒れている池をみてその整備に乗り出した宗教団体
が現れました。

おりしも、「天保の大飢饉」と言われる日本中を襲った天候異変から、
夥しい餓死者が発生しまして、忍野村(江戸時代にはこの村名はない)
でも沢山の死者が出ました。

この惨状をみた大我講(富士山信仰)の先達 大寄友右衛門(山梨 
市川大門村長)が1800両の私財をなげうって、池の復興を果たした
のが天保14年(1843年)のことです。
その時以来、元八湖は「忍野八海」と言われるようになりました。
 つづく                        (堀内)

白い花が満開です。

UPDATE : 2017.5.28

今、忍野村では写真のように白花で数の多い、4種の樹の満開を至る
ところで見ることができます。左上から時計回りに、オオデマリ(大
手毬)、コデマリ(子手毬)、ユキヤナギ(雪柳)そしてヤブデマリ
(藪手毬)です。
一般的に樹木とか草花はカタカナで表しますが、そのほとんどは漢字
が当てられております。この4例の花は実に形態が漢字にマッチして、
カタカナよりむしろ相応しいくらいです。

大手毬、子手毬、藪手毬は花の形も似ていて、“手毬”の名がついてい
ますので同じ種類かといいますと、違います。子手毬だけは別種です。
バラ科の植物です。
大手毬と藪手毬はスイカズラ科の同種です。前者は後者の品種改良種
となります。山に生えていた自然のものが藪手毬です。それを園芸種
に品種改良したのが今日見る大手毬です。

雪柳はバラ科で、むしろ子手毬に近い種といえます。地面から枝が幾
本も分かれて、それぞれに小さいが桜を思わせる5弁の花を無数付け
ます。“雪”を被った“柳”の様に見えることからの命名は明白。
                           (堀内)